日本帰省の旅、仙台編 はじまりはこちら
前回


東日本大震災の直接的な爪あとを見ることはなかったのでほぼそのことは言われるまで頭から抜けていた。
海のすぐそばで発展してきた市町村。
ここで暮らしてきた人々には言葉で言い尽くせない記憶と、毎日の苦労があったとおもう。
ゆず胡椒さんも当時はまだお子さんも小さかった。どんなにか大きな衝撃を受け、しばらく不安な日々を過ごされたにちがいない。
8へつづく
私にこの考え↓があるのは東日本大震災があったから
「ハリケーンとツレ氏の夢ハウス」

今もその考えは変わらないけど結局湖のほとりに住んでいる
日本じゃなくても自然災害はある。
テキサスの寒波で断水6日間を経験した話
当たり前と思っていたことができない暮らしはつらい。
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コメント
コメント一覧 (1)
でも爺はそういった東北のある街の高台に「ここより下に住居を立ててはならない」という碑が建てられていることをネットで知った。でも現実は多くの家屋が並んでいた。
爺の友人は被災した彼の知り合いの支援のため出かけた。なんと全壊したその町から数キロ奥の小高い丘まで砂地で覆われていたとか。無論それは東日本の震災よりはるかはるか昔からだそうだ。友人は言っていた。もっと奥地に家を建てるべきだったなと。
カイエ
が
しました