aug162022-1

aug162022-2


実際の手紙はこちら↓  _は私が解読できず。◯◯はフルネームが出るので伏せました
(※追記 コメント欄で解読に協力してくださった方々ありがとうございました^^)
aug162022-3
九月十日付けお便り拝見。小生体の__は_後可もなく不可もなしという状態 注射も一ヶ月ほど__したのでこのところしばらくやめています。マアこれから気候もよくなるし追々回復にむかうことでしょう。先日松岡姉上見舞いに来訪、上等な果物を頂戴し秋の香りを賞味しました。ついでがあったらそちらからもお礼を述べて下さい。
その節の__〇〇家へは行ってみないけれど和夫さんがお帰りになった模様とのこと、〇〇父様もお安心と存じます。
この二十三日は米駐軍は新潟へも進駐するよし、新聞に報じてあります。滅多な間違い事もないとは思うけれど万一ということもあるから新潟へ引揚げは今しばらく様子を見てからにしたらどうでしょう。しかし坊主の顔も見たくなったから近いうちまた一度連れてきて下さい。楽しみに待っています。昨日、上田の塚田さんから手紙がありました。

aug162022-4
現在弟さんと妹さんと三人暮らしだそうです。戦敗でガッカリしている様子。南京にいた当時のことや庄司さん、_田さんのことなどしきりに恋しがっている様子がうかがわれます。
尚、当方一同元気、本月始めからぐずついたお天気が続いています、疎開した荷物もボツボツ母上とシノブが引取って来ました。女池の方も寒くならぬ前に寒くならぬ前に引取ったらと思います。
台南の兄からは手紙が来ませんが七月三十日発送のお金が到着したところを見ると一同無事なのでしょう。ではこれで失礼。
九月十五日 朝
孝吉
キヨ子殿




こんな手紙を受け取ったら「よかった元気そう、順調に回復している。そろそろ息子を連れて行く予定を立てて返事を書こう」って思うよなあ。
手紙から伝わる様子もそんなに無理している様子はない、ゆっくり治っていくだろうと本人も信じているように思える。しかしこの後あっという間に悪化して亡くなってしまう。父の成長を見ることもなく残念だった。祖母からは栄養失調だったと聞いている。死因の病名はわからないが、戦争でなければ長生きしたかもしれない。戦場に行かなくても爆撃を受けなくても失われた命はたくさんあった。



祖父はNHK(日本放送協会)ラジオ局の南京支局に勤務するため戦中駐在していたのだが、検索してもNHKが南京にあった証拠や資料が出てこない。
南京は南京事件で有名だが。まず数十万人も殺害されるほどその地に人がいただろうか。日本が侵略する時点で地元の抵抗にあい、紛争の犠牲者はありそうだが。数十万人だと蛮行で千人ならそうじゃない、と言いたいのではない。30万とか40万とかいう数字は私は信じられないということだ。
開拓した街には日本の企業が入り街がつくられ、現地の中国人の採用もあった。
当時の南京城周辺の風景の絵葉書は1話に添付されています↓





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