
※訂正 ひめゆり学徒隊は師範学校の生徒たちで看護師ではありません。


一人一人の名前と顔。
ひめゆり学徒隊は

なんだかずっと
かわいそうでかわいそうで涙が滲む気持ちだった。
彼女らの学んだ学校は当時プールもついた最新設備、各地から成績優秀な子ばかりが集った師範学校の生徒たちでほとんどが教師を目指していた。
戦地に赴任する時まで、赤十字病院のような攻撃を受けない設備の整った病院へ向かうのだと思っていたらしい。
実際は自然や人力でできたただの岩穴のような壕、飛び交う銃弾、不十分な薬と食料、次々運ばれる重傷の兵士たちの血膿と糞尿の臭い、手当と処理、患者の傷口に湧く蛆の音、脳障害を起こした重傷の兵士の怒号、死体の埋葬。
ガス弾、爆撃で体の一部を吹き飛ばされて目の前で亡くなる友人、自決の方法の相談。
志を持って学び日本のために働いて、最後に見た景色は地獄。いったいこの子たちが何をしたというんだろう。
最後の最後で投降して生き延びた学徒隊や兵士の様子についての証言もまた興味深かった。
不思議だったのが、どうしてこの施設内の展示物や証言を撮影できないのか。
フラッシュだけ禁止にして、自由に撮影とSNSのシェアができるようにしたらいいのでは。
見学前、遅めの朝食で入った「ひめゆりそば」
またうっかり具を動かしてから写真撮っちゃった。

前日の居酒屋で食べた沖縄そばよりスープがあっさりに感じた。
沖縄人的にはどっちが正解なんだろうー??

炭酸水大好きマンなので、シークワーサー風味のを買ってみたよ。

ひめゆりの塔への入り口前の長ーーい横断歩道。
修学旅行生が集団で通ってもバッチリ。

誰の子供の体も吹き飛ばしたくないし、私も誰かも分からない人に撃ち抜かれたくないです。
どうしたらいいんですかね。
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コメント
コメント一覧 (10)
その上に私たちは生きている事を忘れてはいけないと思います。
人類の歴史は戦い争いの繰り返しで、どんなに文明が発達しても同じ過ちを繰り返してしまうのも人間
繰り返さぬようにありのままを伝えて努力して行くのも人間なんですよね
天災はどうすることもできないけれど、戦争とテロは人間が起こすことなのにね。どうしたらなくなるんだろう。
長い人類の歴史の中で、私たちはとうとう「自分探し」や「ダイエットの悩み」ができる時代の日本に生まれました。これは本当にすごいことだと思うわけです。
恨みもないし顔も知らない相手だけど殺さないと殺されるかもしれないような社会は、世界は、ご免です。
もし時代が逆行したら、多くの戦争犠牲者たちと兵士たちが何のために命を落としたのか分かりません。
コメントはご無沙汰ですが、見てます~!
銃乱射とか、死刑制度とかいろいろ書いてくれて、私にも思うところはあるけど、短いコメント(だから難しいというのもあるけど)ですらうまく書けないです。書かずにいられないのも含め記事にするのは大変だろうなとしみじみ。なにもコメントしていないけどありがとう!
で沖縄、かつて長期滞在したのですが、名護で車なし生活だったので一般的な観光をほとんどしていません。ひめゆりも。(行こうか検討はしたので)ひめゆりの塔の話をした時、現地の友人(内地で知り合った旧友)曰く、写真はいろいろ写ってしまうからNGだそうです。都市伝説風の話なのか、真偽定かではないですが。
これは個人的な感想でしかないけれど、今は行かないとみられないという場所がとても少ないのでそういう「行ってみないと感じられない」、そしてカイエたんみたいにその体験を伝えてくれるという場所があってもいいなと思う次第です。
すぐ上のカイエたんのコメント全くそのとおりで!なんでなんだろう、戦争をすると得をする人はだれなんだろうとたまにお勉強しています。
帰省楽しんで!
校なので教師を目指す生徒が殆どでした。あの時の状況で看護師のような役割をせざるをえなかったそうです。真摯な気持ちで見て下さって有難ううございます。母は今年93歳になりますが平和記念館にはまだ1度も行けていません。
沖縄で長期滞在!?あの美しい島にしばらくお住まいだったとは~羨ましい(*^^*)
いろいろ写真に写ってしまう。「??」と思いましたが、もしかして心霊写真とかそういうことかな?ワタシには…その場に実際に立って一度もそういう予感は浮かびませんでした。「事実」の圧倒的な存在感というんでしょうか。
でも言われてみて初めて気づきましたが、時間が経つとだんだんそういう面白半分?的な気持ちで集まる人も出てくるかもしれませんね。そんなことが起こるようになるくらいなら、しまっちが言うように「行かないと見られない」「行ってみないと感じられない」場所にしておくのもいいのかも。
や、ワタシのいろいろ足りない思い付きの発信からでも、皆さんそれぞれの中に湧く思いがあるなら幸いです!いつも読んでくださってありがとう(≧▽≦)
なんと。お母さまの卒業校だったのですか…!私は看護師の訓練を受ける看護学校だと勘違いしていました。
当時、特に解散命令の後もそうですが命からがらの選択が命運を大きく分けました。級友たちの思い出が当時の少女時代のままのお母さま、とても祈念館へ向かう気になれないことは本当にお察し申し上げます。
コメントありがとうございます。
SNSで見れたらそれで満足する人もいるでしょう。ただ、いろんな事情で行きたくても行けない人もいます。広く拡散されることで興味を喚起される人もいる、知らなかった人に記憶付けをする効果もあると思います。外国人にも。私はSNSで拡散されることで起こる「よからぬこと」がどんなことか想像できないのですが、例えばTwitterなどは何か問題提起されると賛否両論、誰もが自由に議論もできる場になりました。
それでも撮影禁止にしているのは、「こんな時間さんにすまないが」さんと同じ思いを持つ方が運営側、ご本人、ご遺族の方に多く占めているからかもしれませんので、そういう理由であれば尊重します。
私も自分の足で訪れて自分の目と心で学ぶことがもっともいいという思いは同じです。