20年以上前。ミズーリ州の田舎町で、ほとんど白人ばかりの小さな小学校。
小学校低学年
鳥肌が立った。
一般に「原爆投下は正しかった」と信じるアメリカ人は多いと思う。この先生だって「やむを得なかった」という考えかもしれない。
でも「このおかげで戦争は終わった」のようなことは一言も言わなかった。
その後アメリカが日本に与えたのは民主主義と食料と物資の支援だけじゃない。原爆は一瞬にして街を壊滅し、その後も多くの人々を死に至る病気で苦しめ続ける恐ろしい兵器だった。その事実を知って受け入れている人もいると分かった貴重な経験だった。
「サダコと千羽鶴」
作者はカナダ系アメリカ人。
実在した佐々木偵子さんのエピソードに創作を加えて作品にした。
多くの国で平和教育プログラムの教材として使われているとのこと。
でも多分この教材選びは各教師に任されていると思うので、原爆に関することにはまったく触れずに小学校を終える子供たちも多いんだろうね。
このミズーリ州のお宅は2度滞在している。
共和支持者しかいない土地柄。
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在日米軍基地はカリフォルニア州?!の記事にコメントありがとうございました!
ててんさん わおり@Minnesotaさん なぎささん タンタンさん さちさん おひさん 元米軍基地従業員さん ivarさん 西の国からさん
地元の方の楽しい思い出も興味深く読ませていただきました。私も実家近くにあったら興味津々だったなあ。自分では行ったことないです。元ネタの友人のお父さんの口ぶりはあまり基地の事をよく思われていない印象だったのは、もしかしたら娘の事が心配だったのかな?
あと米国兵士による犯罪、「その扱いはおかしいんじゃないの」ということが起こるんですね。日本の警察がドヤドヤと入り込んで捜査などもできないようだし。
ネイビーとエアフォースってエリート意識高いらしいですがそれなりに治安にも反映してるんですね。
あとやっぱりパスポートが要るって…?え?ちょ、それ…やっぱり日本じゃないの!??ほんとにオフィシャルに、対外的に、表向きだけ??なんですね。じゃあそっちこそベースから出て遊びに行くときもパスポート見せなよって思っちゃう笑
フレンドシップデー以外でもちょいちょい遊びに出入りしていた人の話も聞いたことがありますが、昔のことなのかな。
やっぱりいろいろ知るほどに一周回って事実上「日本じゃない」疑惑は深まります。
そして元米軍基地従業員さん、全然非難だなんて感じてませんよーーそれよりもとても丁寧な文面でこちらが恐縮します!また一つ沖縄県民の方の沖縄愛の強さ、誇りを知ることができました。そして発信した先から間違いを訂正出来たり言い訳できたりするのが今の時代のいいところ。知らせてくださって本当にありがとうございました。
コメント
コメント一覧 (22)
お二人のおかげで沖縄の真実にこれまでより少し近づくことができました。
ありがとうございました。
そして、お二人のやりとり、素敵です(通り一遍な表現でごめんなさい、他に言葉が見つからない)。
カイエ
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カイエ
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感動しました。アメリカ人の先生が「自分たちが原爆を落とした」と子供たちに伝えてるとは!
もちろん全ての学校でそう教えているとは思いませんし、事実を事実として伝えてるだけなんでしょうが。
自虐史観満載の歴史や報道もダメですが、自国や自国民が世界No.1ばかりもダメ。
光の部分もあれば暗黒面もあることを子供たちには伝えていかなくてはいけませんよね。
ここ近年アメリカの原爆投下の評価を疑問視したり、異議をとなえる人が多くなってきたと聞いたことがあります。こういった公平な授業を続けてくれた成果のあらわれだと思います。
カイエ
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今日この日に、こんなに響く記事をアップしてくれるカイエさん、日本を離れても日本を大切に思ってくれていて大好きです。
カイエ
がしました
20年前で、田舎町でこんな風に伝えるんですね(この教師さんの裁量だったとしても)。多くのアメリカ国民は、原爆投下は必要だったという認識だけど、この教師さんは、ご自分なりに思うところがあったんでしょうか。
私もカイエさんの立場だったら、雷に打たれたような衝撃を受けてたと思います。
カイエ
がしました
30年前アメリカで原爆写真展を開いたというニュースでは、インタビューされた少女は、哀れむ事もなく、アメリカの正統性を語っていました。とても空しく感じました。
あと、基地はパスポート以外では本籍地の表示できる免許証(暗証番号で端末にアクセスします)でも身分証として可能です。昔は指紋は取らなかったのですけれど、パスポートで指紋を一度登録したら多分okだと思いますが、私は指紋が端末に登録認識してくれなくて、でも一応入れてくれましたので絶対条件ではないです。
カイエ
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私が小一の頃は、アメリカ軍が終戦直後の広島の様子を撮影した8ミリフィルムを、「3フィート運動」だか「6フィート運動」だったかで、日本人が寄付金を募って買い戻したフィルムの上映会を学校で行われていました。
本当に投下して直後の映像ですので、7、8歳の子供が見るには強烈過ぎて生々しかったです(おまけにカラー映像だったので)。
あの映像をアメリカで上映会したとしても、まだ「正義のためだから仕方なかった」と言う人は言うんでしょうかね。
横須賀基地ですが、ニュース番組で、基地内に住んでいるアメリカ人女性の自宅で英語を習っている日本人小学生を見た事があるので、1度登録したらパスポートの代わりになる許可証などもあるんでしょうね。授業料はそこら辺の塾よりも高!と思った記憶があります。
カイエ
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カイエ
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敗戦国は自省の部分が多いのに比べ、戦勝国はそれがほぼ無いどころか勝利した部分が殆どのようですね。
常任理事国が今でも世界で通用していますし。
この先生は事実を語っただけですが一番大切なことで、子供たちの記憶と心に残ってほしいですね。
カイエ
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最初からずっと読ませていただいています◎ツレ氏さんのモラにも負けず?、日々楽しそうにパワフルに生きているカイエさんのブログが大好きです。
私はドイツ在住なのですが、ドイツでの戦争教育はそれはもう時間をかけて行い、アンネフランクの隠れ家などに社会科見学に行ったりと自分たちの先祖がしてしまったことをしっかりと教えられます。
一方で日本の戦争教育は、広島長崎のことが多く、自分たちが加害者でもあったことをあまり教えられないような気がしています。
もちろん原爆の被害は凄まじく、もう二度とこんな爆弾が投下されることのないように、という意識は理解しますし、それらを教え伝えることはとても大切と思いますが、同時に日本軍からの被害にあった中国や韓国などアジアの国々があったことも事実です。
教育の中で私たちがやってしまったことを伝えるのは難しいことも理解しますが、私は日本でも私たちがやってしまったことももう少し教わっていれば、今のアジア諸国との亀裂がマシになったりしないのかなあ、と思ったり、、、
雑なことをつらつらと書きましたが、これからも平和な世の中が続いて、コロナが終息し、帰国できる日が早く来るといいですよね◎
カイエ
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私は長崎生まれの沖縄在住です。祖父は原爆投下後の焦土での救助活動で白血病を患い、祖母は沖縄戦で幼子を連れて戦火を逃げまどい命からがら生き延びました。
過去は変えられないからこそ、事実を事実として伝えることが、二度と人類が「同じ過ちを犯さない未来」のために必要なことだと思います。
ありのままの事実だけを伝えられる方がアメリカに存在することに、希望を持てる気がしたエピソードでした。
カイエ
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